加世田駅   


 「現役時代の加世田駅を知っている」 などというと、若い方は「蒸気機関車牽引の客車列車に乗ったり、走行シーンをずいぶん見たのだろうなぁ〜」と思われるかもしれません。
 でも、実のところは20代半ばで東京ディズニーランドの「ウエスタンリバー鉄道(協三工業製造の重油専燃(当時)蒸気機関車)」に乗ったのが、蒸気機関車初体験です。
 昭和30年代半ばに東京で生まれ、育ちましたが1969(昭和44)年頃まで上野駅に乗り入れていたという成田線の蒸気機関車も見たことはありません。一人歩きできない子供にとって蒸気機関車は、映像と写真でしか接することができない存在でした。

 国を挙げての近代化と一極集中化が加速するなか、中学卒業を待たずに国鉄から定期運用の蒸気機関車は姿を消し、木曾森林・尾小屋・北恵那・・・「憧れていた鉄道」も次々に消滅していきました。 花巻・仙北・沼尻・頚城・駿遠・井笠・定山渓・山形・庄内・羽後・笹津・茨城・東野・耶馬溪・・、写真でしか接することができなかったローカル色豊かな鉄道たち。 「あともう少し待っていてくれたら思う存分接することが出来たのに」、「この目で見たかった」、「乗ってみたかった」、切なく無念の思いとともに、満たされないローカル鉄道への憧憬を常に懐包していました。

 1979(昭和54)年10月発行 「別冊時刻表 ローカル鉄道賛歌(写真/廣田尚敬・井上広和 特別寄稿/宮脇俊三) 日本交通公社」で鹿児島交通、加世田駅の俯瞰写真を見たとき、その衝撃は自分の合格受験番号を見つけたときよりも上でした。


「まだ日本にこんな場所が残っている」


草に没した遺跡のような駅。

草に没し先端位置が定かではないメインホーム。
ゆったりとした木製の大型上屋。
おもちゃのようなもうひとつのホーム。
美しい曲線を描く構内配線。
現役の電信線。
赤い07型の気動車たち。赤いディーゼル機関車。
大小3つの木造庫。
大きな貨物駅。
ブルーとクリームに塗り分けられた軽便のような客車。
草に埋もれるダブルルーフの客車と木製無蓋車。

そして、錆び付いた蒸気機関車。




当時でも加世田駅は希有な停車場だったのです。



拙い写真で加世田駅の魅力は1/10もお伝えすることが出来ていません。
それでも、ほんの少しでも素晴らしさを感じていただけたら、とてもうれしく思います。


   1962(昭和37)年1月に廃線となった万世線の記録です。

   駅本屋と隣接する木造施設ならびに加世田発着の列車時間表の記録です。

   ホーム上屋や構内の諸施設についての記録です。

   100型、300型気動車を中心にした記録です。

   構内の片隅に留置された、むかし走っていた車輌たちの記録です。

   本町上通りと交差する踏切と木造客車庫を中心とした記録です。


 

2011/02/13 完結